“お医者さんに「あ〜サブカルこじらせたんですね〜お薬処方しておきます。このお薬辛いかもしれませんがこれが一番良いので」って言われてエグザイルのCD渡される夢見た”
(via hsgn)
pdl2h:

iTunes App Store で見つかる iPhone、iPod touch、iPad 対応 McIntosh AP1 Audio Player
このMcIntoshのiPhoneアプリが何故凄いのか、について話を聞く。
output levelを表示しているVUメーター、本来は仕組みがアナログなので針が動くのは音が出力されるタイミングよりも若干遅くなる。そこにはタイムラグがある。ただ、人間の聴覚も音が出力されるタイミングと知覚するタイミングにタイムラグがあるので、そのタイミングを見るために今でもVUメーターは録音機材に使われている。
で、このアプリ自体はデジタルな仕組みであるにもかかわらず、VUメーターはアナログな仕組みを模倣している。つまり、意図的にタイムラグを発生させている。McIntoshが公式でこのアプリを公開した意義をそこに感じる、とのこと。

pdl2h:

iTunes App Store で見つかる iPhone、iPod touch、iPad 対応 McIntosh AP1 Audio Player

このMcIntoshのiPhoneアプリが何故凄いのか、について話を聞く。

output levelを表示しているVUメーター、本来は仕組みがアナログなので針が動くのは音が出力されるタイミングよりも若干遅くなる。そこにはタイムラグがある。ただ、人間の聴覚も音が出力されるタイミングと知覚するタイミングにタイムラグがあるので、そのタイミングを見るために今でもVUメーターは録音機材に使われている。

で、このアプリ自体はデジタルな仕組みであるにもかかわらず、VUメーターはアナログな仕組みを模倣している。つまり、意図的にタイムラグを発生させている。McIntoshが公式でこのアプリを公開した意義をそこに感じる、とのこと。

“学校に通っていたころ、大人になったら何になりたいかを紙に書かされた。僕は「幸せになりたい」と書いた。すると教師から、「質問の意味がわかってない」と言われた。僕は、「そういうあなたは、人生の意味がわかってないんだ」と言った。”
John Lennon (via borcaro)

『毎月新聞』(佐藤雅彦著/中央公論新社)という本のなかに、こんな文章があります。
15年くらい前に書かれたものです。
僕は、ネットが嫌になったとき、これを読み返すようにしているのです。

 故郷で独り住まいをしている高齢の母親は、テレビの野球中継をとても楽しみにしています。「この松井って子はいいよねえ」と、目を細めながら応援しています。そして、好きな番組が終わると迷いもなくテレビを消すのです。たまたま帰郷していた僕は、そんな母親のあたり前の態度にハッとしてしまいました。『面白い番組を見る』――こんなあたり前のことが僕にはできなかったのです。


 テレビを消した後、静けさが戻ったお茶の間で母親は家庭菜園の里芋の出来について楽しそうに僕に話し、それがひと通り終わると今度は愛用のCDラジカセを持ってきて、大好きな美空ひばりを、これまた楽しそうに歌うのでした。


 僕はそれを聴きながら、母親はメディアなんて言葉は毛頭知らないだろうけど、僕なんかより、ずっといろんなメディアを正しく楽しんでいるなあと感心しました。そして目の前にある消えているテレビの画面を見つめ、先日のやつあたりを少し恥ずかしく思うのでした。


 つまらない番組を見て、時間を無駄使いしたと思っても、それは自分の責任なのです。決してテレビの責任ではありません。リモコンにはチャンネルを選ぶボタンの他に「消す」ボタンもついています。


 僕達は、当然テレビを楽しむ自由を持っていますが、それと同時にテレビを消す自由も持っているのです。


ネットは、テレビに比べると、「悪口が直接自分に向かって飛び込んできやすいメディア」です。
でも、パソコンの電源を切ったり、SNSにアクセスしなければ、道の向こう側から迫ってきて、無理矢理イヤなことを目の前で叫ばれる、ということはないんですよね。
そもそも、「イヤなら、つまらなければ、観ない」という選択も、僕たちにはできる。
見に行っているのは、自分の責任でもあるのです。
わざわざウンコを触り、臭いをかいで、「うわー、なんでこんなに臭いんだよ!」って怒っているようなものです。
それが臭いのは、知っているはずなのに。
(よ・う・か・い・のーせいなのね、そうなのね?)


正直、ネットで「情報を遮断する」というのは、「テレビの電源を切る」より、難しいとは思うんですよ。
ネットには「必要なもの」「面白いもの」と、「危険なもの」「不快なもの」が入り乱れているし。


それでも、僕たちには「ネットに触れない自由」があるし、そのための手段もある。
「ネットの中で、接触するコンテンツ」を選ぶこともできる。
まあ、大概において、わざわざ不快なものを引き寄せてしまうのは、自分自身なんですよね。


いまの世の中で生きていると、あまりにも「情報漬け」の状態に慣れすぎていて、そこから自分を遮断すると、不安になってしまう。
それはたぶん、杞憂なのです。
「なにげなくテレビを観つづけるのをやめる」、というのではなく、「積極的にスイッチを切るという選択をする」ことが、大事なんじゃないかな。


ネットで自分にとって不快なものに憤って改善しようとしたり、自分を嫌っている人を変えようとするのは、あまりにも不毛な作業です。
そんなどうでもいいものに関わっているほど、人生は、長くない。


自分にとって面白いものに対する知識を深めていったり、気が合いそうな人と繋がっていくことのほうが、「ネットの効率的な利用法」だと思います。


それでもやっぱり、「暗部」みたいなものが気になってしまうのも、事実なんですけどね……
これも「妖怪のせい」なのかな。